不動産登記と弁護士業務について~最近の法改正から思うこと


弁護士 花田 勝彦

不動産登記といえば、司法書士の業務の柱であり、我々も登記手続は基本的に司法書士の先生にお願いしています。

遺産分割、離婚に伴う財産分与、不動産の処分が絡む債務整理事件など、財産的価値が一般的に高額な不動産は、紛争の対象となることも多く、最終的に不動産の登記を移転することが依頼の趣旨であるということもあります。

その意味で、不動産登記は弁護士業務にとっても重要な事項です。当事務所では、相談室に

いわゆる登記簿のサンプルをおいて必要なときは見せて説明をしています。

ここで「登記簿(謄本)」と言っているのは、法務局で1通1000円くらい支払って出してもらう「全部事項証明書」のことです。「登記簿(謄本)」と「登記済(権利)証」を勘違いされる方がいます。「登記済権利証」は、近時「登記識別情報」と様式と名称が変更され、外観も大きく変わりました。シールを剥がして中にコードが記載されているものです。「登記済権利証」も「登記識別情報」も不動産の権利者だけが保管しているものであり、誰でも取れる「登記簿(謄本)」(=全部事項証明書)とは別のものです。

不動産登記というのは、公示制度であり、公信力はないといわれます。公示制度は、不動産の所有者が変わったら、変わったことが外部から認識できる「公示」を登記により行うということです。

公信力は、登記を信頼してその不動産を譲り受けたところ、登記名義人が真の権利者でなかった場合、譲受人が保護されることをいいます。登記にはその公信力はありません。登記名義人は所有者とは限らないということです。

そう聞くと、登記の名義人が実際の所有者ではないということなんかあるのだろうか?と思うかも知れません。しかし、死んだ人の名義のままの不動産の場合、登記名義人は実在しない人なのですから、死者にその不動産の所有権が帰属することはあり得ないのです。このようなケースはよくあります。

いつまでも死者の名義のままにしておくことは不都合が生じますので、相続登記の義務化ということが問題となり、この4月1日から義務化がスタートしました。3年以内に相続登記を行わない場合、10万円以下の過料が科せられる可能性があるので、注意が必要です。かくいう私自身、父が亡くなった後の相続登記をしないまま相当の年月が経過してしまいました。この機会に登記をしようと思います。

100万円以下の土地相続登記は登録免許税が免除されることで手続を促進しようとしています。

この点に関連して、所有者不明土地の管理や利用をどのようにするのかということについても実務上よく問題となります。東日本大震災の後、この点がクローズアップされるようになりました。

遺産分割未了の不動産の所有者は、登記名義人の相続人を戸籍調査により特定しなければなりません。この作業が膨大になることもあります。年に数件はこのような依頼があるもの事実です。これまで最大で200名を超える相続人がいたケースがありました。他方で、相続人の数が余り多くなくても、相続人全員が相続放棄をした後の不動産の処分について、相続財産清算人を選任しなければならないということがあります。

昨年の法改正により、相続財産「管理人」から「清算人」に変わったのですが、制度自体がいわばフルスペックのため、手続きに時間がかかり、予納金が多額になる(都会の裁判所では100万円が相場、当県は30万円から50万円)という問題があります。

そのような不都合を解消するため、「所有者不明土地・建物の管理制度」が創設され、個々の不動産の管理に特化した新たな財産管理制度により、予納金を抑え、手続きもスピーディーになることが期待されています。

裁判を利用する場合に特別代理人を選任してもらうことで相続財産清算人の選任よりも廉価で早く手続きを進めるという実務上の工夫が行われてきたところでもありますので、この新たな管理制度がどの程度使い勝手がいいのか、実際に試してみるのも恐らくそう遅い時期ではないと思います。

自分のこととして受け止められる感性


弁護士 花田 勝彦

8月6日、広島に原子爆弾が投下されて78年が経ったこの日、朝8時15分から平和記念式典のテレビ中継を見ていた。

毎年意識するともなく見ていることが多かったが、今年は5月に広島でサミットが開かれ、広島出身の首相が主催したにも関わらず、核の抑止力を正当化したことで関係者を落胆させた「広島ビジョン」の直後であり、いつもよりも注意してテレビを見ていた。

ロシアのウクライナ侵攻で俄然きな臭くなった世界状況と軍拡志向は、我が国も例外とは言えない。敵基地攻撃能力の保有を認めることや、防衛費の大幅な増額、武器輸出の緩和など、平和と逆行するようなニュースが並ぶ。

そのような中、核兵器廃絶を訴える若い世代の存在がテレビで流れていた。その中心となるのは高橋悠太氏(22)。「核廃絶ネゴシエーター」と名乗る広島県出身で、この春に慶應大学を卒業したばかりの若者である。中学生の頃から、核廃絶に向けた署名活動や被爆証言の聴き取り等に携わってきたという。

核兵器禁止条約を日本に批准させるため、まずは条約への日本政府のオブザーバー参加を求めていくのだそうだ。

広島で被爆したサーロー節子氏(91)が岸田首相のあいさつが物足りないと言っていたが、これまで長きにわたって核兵器廃絶を訴えてきたことを、次の世代に繋いでいることの大切さを感じた。

長らく言い続けてきたこととして最近報じられているのが、あの芸能事務所の性被害に関する問題である。もはや公然の秘密とされてきた少年たちの性被害について、故人となって4年後に、国連の人権理事会作業部会の専門家が会見を開いて、数百人のタレントが性的搾取と虐待に巻き込まれた疑惑と述べた。そして、日本のメディアも数十年に渡ってこの不祥事のもみ消しに加担したと強烈に批判した。

これも様々な形で色々な人が被害を訴え、発信し続けてきたことが、加害者が鬼籍に入った今となって、ようやく日の目を見て、大きな社会問題として取り上げられるようになったことの一つである。

世間は熱しやすく、冷めやすい。報道に接しても、自分に関係のないと看做してしまうと、せいぜい記事を流し読みするだけですぐに忘れてしまう。自分のこととして考える人などほんの一握りに過ぎないのが実情である。発信し、活動し続けていく中で、幸いにも多くの人の関心を惹きつけるタイミングがやってくることがあっても、それは長くは続かない。

数年前に流行った「# Me too」運動もそうであったように、弱い立場の者が受けている被害を是正するためには、一人の声が次々と同じような被害を受けた人達と繋がり、大きな社会的なうねりとなったときにチャンスが訪れる。あのときはSNSでの拡散が、社会に貢献した好例として受け止められた。今回の芸能事務所における性被害も、所属する大事務所相手の徒手空拳となる恐れもあった。しかし、時代は動いた。

いかに真実でも、これを実現するためには多大な労力を要し、長く言い続けていかないと多くの人に届かない。同じことを言い続けるというのは本当に大変なことである。時には(あるいは度々)無力感に苛まれながら、それでも信念を持って言い続けていくことの大切さが身につまされる。

北朝鮮の拉致問題についても、多くの人はそのような問題があることを認識しつつも、解決にはほど遠い現状である。

私たちは、このような問題の当事者でないことが多いが、そのようなときは当事者に寄り添い、思いを致すべきであろう。逆にそのような問題の当事者となってしまった場合は、多くの無関係の人達に問題を知らしめ、いかに当事者意識を持ってもらえるかに腐心しなければ、問題解決に近づけないこともある。

社会におこる問題の本質を学び、自分のこととして受け止められる感性を持ち続けたいものである。

法律相談に臨む弁護士の心構え


弁護士 花田 勝彦

皆さんは法律相談というと、どのような場面を想像するでしょうか。我々弁護士が日常的に行っている法律相談は、事務所内で行うものと、事務所外で行うものに分けられます。

後者は、それぞれの法律相談会の趣旨や目的によって、さまざまなスタイルで行われます。例えば相談時間も一人20分までという短いものや、60分の枠があるものと区々に渡ります。無料相談会の多くは30分といったところでしょうか。

最初にお話しを聞いてから30分以内に一応の法的な答えを出すというのは、経験の浅い弁護士では極めて難しいと思います。それゆえ、事前に相談の概略を聞いて調査し、関係書類も予め預かるなどして効率的に行う等の工夫をしないと充実した法律相談にすることは困難です。これは、相談を受ける側の弁護士だけでなく、相談者も必要な情報を整理して提供できないとうまくいかないということです。

つまり、1回30分の相談で込み入った法律相談の答えを出すことは難しいということはご理解いただきたいと思います。

外部相談会では、込み入った法律相談ではなく、まだ紛争になっていないが、事前に知識として聞いておきたいといったものもあります。そのような場合であれば、短い時間で適切な対応ができることもあるでしょう。ただ、件数としては多くありません。

外部相談で込み入った相談の対応をする場合、概略を聞いて事務所の継続相談とすることが多いと思います。必要書類を指示して、次回相談日に持参していただくことが効果的です。例えば相続の相談ですと戸籍謄本や遺産に関する資料等です。

長く法律相談に携わってくると、相談対応の引き出しが増えるので、短時間でも一応の答えを出すことはできるようになってきます。但し、基本的な資料が手元にない場合には、あくまで一般論で終わってしまうので注意が必要です。

多くの場合、相談者自身が整理できていないので、いかに問題点を整理して具体的な対応を指示できるかという点に注意をしています。但し、あまり決め打ちをしてしまわないようにすることも同時に必要だと思います。

先ほど触れたように、1人20分という相談会があります。3時間で9コマの相談枠があるので、混んでいるときは9コマ全て埋まることもあります。この相談会のような場合、できるのは割り振りすることだけと言っても過言ではありません。事案の概略を把握して、継続相談とするか、一応の答えを出して相談者に再検討させるか、という程度のことしかできないものです。20分ごとに新しく複雑な話を理解しなければならないので、これはかなりハードです。3時間終わるとぐったりとしてしまいます。

無料相談は有料相談よりもレベルが低いのかという問題があります。多くの場合、無料相談というのは相談者が無料なだけで、相談を受ける弁護士は相談料をいただきます。それゆえ、無料相談と有料相談に差はないはずです。

但し、相談はあくまで相談、弁護士の場合、相談の先にある受任という手続を経て、その事件を解決していくことになります。相談はその入口であって、適切に振り分けることを意識して臨むことが相談者にとっても最良の対応ということになると思います。

外部相談会を担当すると、弁護士がゼロだった時期に事務所を開設したころのことを思い出すことがあります。多くの相談者が、自分の悩みを話してくれるのですが、それが法律問題なのかそうでないのか、というところから始まり、相談で終わるものと継続するものの振り分け、手続的にどのような選択肢があるのか、時間はどの程度かかるのか、弁護士費用はどうか等、弁護士が相談者に提供すべき情報は多岐にわたります。継続相談の場合、判例や文献の調査をする必要がある場合もあります。

事件受任の入口であると同時に、法律相談は弁護士にとって必要なスキルを磨く大切な機会でもあると思います。常に緊張感をもって目の前の相談者に対峙することを忘れないで続けていきたいものです。

刑事弁護人裏話


弁護士 花田 勝彦

一時期若手に任せていたところもありましたが、五所川原地区全体の弁護士数が減っていることから、被疑者国選、被告人国選、当番弁護士をまた担当することにして、多い時は3,4件の刑事事件を並行して受任することも多くなりました。

被疑者段階における刑事弁護のオーソドックスな流れは、逮捕された後、72時間以内に勾留請求されたあたりに当番弁護士あるいは被疑者国選事件として配点され、警察署の中にある留置場に接見に行って被疑者と話をするところから始まります。被害弁償をすべき事案については、被害者を訪ねてお金を払い、示談をすることもあります。被害回復がなされれば、検察官も起訴猶予にして一件落着、となります。

ところが、被害弁償するにも被疑者にお金がないとか、家族や協力者が一切おらず、被害弁償ができないというケースもあります。被害弁償ができたとしても前科が多数あって起訴は免れず、実刑が見込まれるケースなど、起訴前段階ではあまり力が発揮できないこともあります。

オーソドックスでない弁護活動として、被疑者の身の回りのことをどこまで弁護人がやるのか、ということが問題となることも少なくありません。これが「裏話」の部分ということになります。

ある被疑者は、アパートを借りていましたが、起訴はおろか実刑が見込まれる事案。アパートの荷物を整理して明渡しをしてくれる家族も協力者もいない。業者を頼むお金もない。やむなく私がアパートの荷物を片付けて不動産業者に明渡しをしなければならないこともありました。部屋から布団や電化製品を搬出して、さながら引っ越し屋のようです。業者に見積を依頼したら、片付けするのに5万円か6万円かかるというのです。そのお金を払えないので、弁護人がただ働きするというのはどうにもやるせない。が、ほかにどうにもならない。

またある被疑者は、預金口座に残高はあり、通帳はあるのですが、届出印がないという。かつて通帳で暗証番号を3度間違えたため、ATMで通帳取引ができない。印鑑を変えるのも本人確認が必要であり、留置場にいるままではそれができない。万事休す、と思われたところ、被疑者はキャッシュカードをもっているという。何だよ、それなら先にそういってくれよ、とキャッシュカードを宅下げ(被疑者の持ち物を留置場から持ち帰ること)して、何とかお金を引き出すことができましたが、何度も銀行に足を運んだ徒労感がつのります。ちなみに、留置場に差し入れできる現金は、3万円までという扱いが多いようです。

最後に、これまで刑事弁護人生最大の雑用を先日経験しました。逮捕留置中に当番弁護士の依頼がきて接見に行くと、自分の車の中に小動物がいるので、助けて欲しいというのです。家族と同じペットだからと。その車がある場所は、留置場からざっと片道3時間の距離にあるといいます。車内の気温があがると人間の子どもでも生命の危険があるのですから、一刻を争う。クルマの鍵を保管している警察署と交渉し、ことは命の問題だからと言って、すぐに警察官とともに車のある場所に向かいました。幸い休みの日だったから何とか対応できたものの、片道3時間は中々ハードです。車中の小動物は無事でしたが、次はそれをどこに保管するかという頭の痛い問題です。2日ほどペットホテルで預かってくれましたが、被疑者の財布も底をついたし、さすがに弁護人がその小動物を家で世話をするというのも無理なので、やむなく保健所に連絡したところ、動物愛護センターで引き取ってくれることになりました。何度も自分の車に乗せてその小動物を連れ回したので、少し気の毒なところもありましたが、何ともこれが弁護人の仕事なんだろうか、という思いがわき上がったのも事実です。

弁護人ってそんなことまでしているの?という裏話でした。

※実際の事案を多少脚色しています。

誤送金と仮差押


弁護士 花田 勝彦

ここ数日、ニュースやワイドショーのトップで、4630万円の誤送金についての報道がなされています。

ある地方自治体が1世帯10万円の463世帯に給付すべき給付金を、誤ってその全額を名簿の一番上の人(T氏)に全額送金したというミスを犯しました。ミスなぜ起きたのか、その後T氏がネットカジノでほぼ全額を使ってしまったというセンセーショナルな報道もある中、ここでは、送金した後にその自治体が取った行動について考えてみたいと思います。

ミスが発覚したときに、自治体が取るべき行動は、送金先のT氏の口座の仮差押です。これは一刻を争う手続で、私たちが民事事件で相談を受ける様々な問題の中で、最も緊急性を要する場面の一つということができます。

報道によれば、自治体の職員は誤送金を確認したその日(4月8日)にT氏を訪ね、返還を求めたといいます。T氏は一旦返還に同意し、銀行まで同行した後、翻意して、今日は手続をしない、後日公文書を送ってくれ、と言ったのだとか。後で分かったことだと、既にその日に口座から数十万円単位で預金が引き出されていたといいます。

自治体の職員は、この時点で弁護士に相談しなかったのでしょうか。ここまでの経緯を弁護士に電話で伝えていれば、私だったら、直ちに仮差押をする必要があるから、その準備に入るように言っていたと思います。

仮差押とは、裁判で勝訴判決を得たとしても、その間に債務者の財産が散逸して強制執行が功を奏しなくなるおそれがある場合に、裁判所の審理を経て、債務者の財産を仮に差し押さえて、処分できないようにする手続です。

今回のように地方自治体が当事者であっても、誤送金の返還を求めるのは民事裁判ですから、裁判所を通じた仮差押という手続を取る必要があるのです。

この仮差押の手続で最も特徴的であり、注意をしなければならないのは、請求額の2割程度の供託金が必要であるということです。これは、債権者の主張立証だけで仮差押を発令するという手続の性格上、裁判所は誤った仮差押をする可能性があり、その場合、債務者に損害を与えることになるから、その損害を賠償する担保として、供託金を積まなければならない、という趣旨です。

今回の4630万円の2割だと900万円から1000万円ということになります。弁護士としては、まず供託金1000万円の確保がいつできるかを自治体の担当者に確認することになるでしょう。2割というのはあくまで目安ですので、今回のような場合、T氏が自治体に4630万円を返還しなければならないのは明らかな事案ですので、供託金の額はもっと少なくてすむかも知れませんが、それでも500万円程度は用意しなければ仮差押の手続には入れません。

この供託金の目途が一両日中に立つということになれば、弁護士は、直ちに仮差押の申立書を作成することになるでしょう。誤送金したことが分かる振込の資料ですとか、T氏とのやりとりを記載した担当者の報告書等を作成して、できればその日のうち、遅くても翌日には裁判所に提出するくらいのスピード感で望まなければならないケースです。

ところが、この自治体は、4月8日にT氏から返還を拒否された後も、連絡を試みたり、母親に説得を依頼したりして、逆にT氏の方から弁護士と話すと言われたりしているようです。この間にも、T氏は4630万円をどんどん引き出しており、4月18日までには口座残高が6万円余りになってしまいました。自治体の職員はその後もT氏を訪問し、任意の返還を求めていたようです。

4月下旬に仮差押の決定は出ているという報道がありますが、結局その段階では預金口座は空っぽ、空振りになってしまっています。

仮差押の決定は、被保全権利と保全の必要性を主張し、疎明して、供託金を納付すれば数日以内に出されます。供託する前に決定が出されることもあります。ひょっとしたら、仮差押の申立は早めにしていたが、自治体が供託金を準備するのに時間がかかったのかも知れないのですが、供託金の準備がいかに早くできるかが運命の分かれ道、仮差押がヒットするか空振りに終わるかの分岐点となることは決して珍しくないことです。

誤送金に限らず、債務者に対して請求すべき債権がある場合、時間がかかると財産を隠されたり、散逸する恐れが考えられるのであれば、請求額の2割の供託金を準備して、直ちに弁護士に依頼する、ということを知っておいても良いと思います。

私自身、仮差押は成功したことも、空振りに終わったこともあります。ここで空振りに終わってしまうと、その後の裁判でいくら勝っても、それは絵に描いた餅、実際に回収することはできないという理不尽な結果が待ち受けている可能性が高いのです。もちろん、そんなことにならなければ一番いいのですが、ヒューマンエラーはゼロにできない以上、そのリカバーも知っておくべきことです。

依頼者のために


弁護士 花田勝彦

私は,事務所のスタッフに,常々「依頼者のために」という意識を持って仕事をするよう話していますが,今回は,改めてその意味を考えてみたいと思います。

そもそも仕事とは,自分のためにすることではなくて,他人のためにするものです。他方で,仕事を通じて,自らの自己実現を図ること,これもまた大事なことです。

仕事をすることによって対価を得ることは,他人のためにしているからであって,自分のためにしているからではないことの結果です。

弁護士の仕事は,端的に言えば,法律を用いて,現実に起こっている紛争や社会的な問題を解決することにあります。事務局の仕事は,その補助をし,ときには前面に立って依頼者と接します。

紛争解決の結果が,依頼者にとって満足のできるものであれば,それに越したことはないでしょう。しかし,依頼者にとって満足のできる解決結果を得ることだけが,「依頼者のために」ということではないのです。例えば,いくら悪いことであっても依頼者の利益になるように動くということが「依頼者のために」ではありません。

弁護士は基本的人権を擁護し,社会正義の実現を図ることがその使命であって,仮に依頼者の利益(経済的利益)を図ることが社会正義と矛盾する場合には,社会正義を優先する使命があります。法律を武器にして,依頼者の言いなりになって,正義に反して利益を追求すれば,それは弁護士の仕事に対する信頼を失墜することになるでしょう。

他方で,紛争解決の結果が,必ずしも当初の依頼者の希望に適わないものであったとしても,打ち合わせを重ねる中で依頼者との信頼関係を構築し,依頼者に対して誠実に向き合い,説明することによって,納得してもらえることがあります。

これらの問題をクリアするためには,弁護士としての見識が必要になってきます。弁護士としての見識とは,日々起こる問題に対する価値判断をいうのであって,幅のある概念であり,また,経験を通じて得た価値観によって,変化するものでもあります。我々は,問題に直面したときに,その都度どうすべきかという判断に迫られるのであって,その判断のベースとなるのが価値判断であり,弁護士としての見識であるということになります。

法律を扱うテレビ番組に複数の弁護士が出演し,弁護士それぞれの答えが分かれるということは,今では受け入れられるようになったと思いますが,当初は,奇異な感じを持たれたのではないでしょうか。弁護士が法律問題に直面したとき,答えが分かれるというのは,法律の解釈適用ということが幅のある問題であり,その弁護士の価値判断によって異なるからであって,ある問題を法律に当てはめれば,数学の公式のように答えが出るということではないことからすれば,当然のことです。

我々弁護士は,価値判断を磨いて,弁護士としての見識を高めていかなければなりません。そのためには,社会における様々な事柄に興味を持ち,謙虚に人の話を聞き,好奇心をもって自分にとっての未知の分野を学び,自分に取り入れて行く必要があります。その実践が,弁護士の見識を高めていき,適切な法律の解釈適用を行うことに繋がっていくはずです。

それは,自分を磨くことと同時に,他人のためになることでもあります。

冒頭申し上げた,他人のためにすることと,自分のためにすることは,相反することではなく,結局は同じことなのだと思うのです。

他人のためにすることと自分のためにすることが同じ?と禅問答のように考えこんでしまうと,答えが出なくなってしまうかも知れません。もう少しわかりやすく言えば,他人のためにする(という意識を持つ)ことによって,自分自身も高められるのだ,と考えるとどうでしょうか。

依頼者に起こっている問題を解決するという仕事をするにあたって,法律を解釈適用する,そのために弁護士としての見識を高める,それが依頼者の問題解決をよりよいものとし,結果的には自分自身の向上にも繋がって,依頼者からの信頼も得られる,というサイクルを作っていくことになるはずです。

だからこそ,出発点は,依頼者のために,であって,自分のために,ではないのです。

そのような出発点となる意識をもつことができれば,自然と謙虚に人の話を聞くことができるようになるでしょうし,相手に対する思いやりを持つことができるようになるでしょうし,何にでも興味を持ってトライできるようになって行くのだと思います。

当地は弁護士の数が増えたとはいうものの,まだまだ弁護士過疎地域であり,依頼者は弁護士と接することが少なく,相談に訪れること自体が敷居の高いものです。紛争を抱えた依頼者に対して,我々の接し方一つで,それが救いの神となることもあれば,新たな心労を抱えることにもなりかねないことを肝に銘じて,今年もがんばっていきたいと思います。

いつもうまくいくとは限らないかも知れませんが,「依頼者のために」ということは,仕事を続けていく中での自分自身の永遠のテーマとして,持ち続け,実践し続けていきたいと思っています。